30代から始まった腰痛!治らないと諦めて自分なりの対処方を探した

私は現在61歳です。腰痛が始まったのは、30歳ぐらいのときからでしょうか。

当時、寒い風の中でラジオ体操を無理にしていて、上体をそらす運動を元気よくやったときに、ぴきっと腰に痛みが走りました。

それが最初だったように思います。

それかられこれ30年ぐらい、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、腰痛とつきあっていることになります。

良いときには本当になんでもないのですが、悪いときには当然痛みがあって、重い物を持ち上げることができなくなる。

もっと悪いときには、痛くて痛くて呼吸をするのも苦しい、ということもあります。

このあたりは、腰痛持ちの人ならわかっていただける話ではないでしょうか。

原因のない腰痛は自分で付き合い方を見つけていくしかない

さて、腰痛で初めて整形外科の診察をうけたのは、35歳くらいのときだったかと思います。

もうその時点で、「慢性的な腰痛ですね」と言われました。

レントゲンを撮っても、骨にさしたる異常はなく、根本的な治療はできない。対症療法で痛みをおさえるしかない。

とまあ、ほとんどの腰痛持ちの人が言われるような診断でした。

で、湿布薬をもらって、腰が痛いときにそれを貼る。それだけ。

最近は、それに低周波治療というんですか、腰に電気を流す治療法もやっています。

電気治療で痛みがやわらぐのは一時的なものでしかない、といって軽蔑する人もいます。

ですが、私の場合、本当に腰が痛くて、歩くのもよたよたとなるぐらいのときがあり、そんな時は一時的にしろなんにしろ、痛みがやわらぐのはありがたいです。

もっと痛みがひどくなると、ブロック注射ということになるのでしょうが、私はしたことがありません。

さて、お医者さんに頼るばかりでなく、自分でも腰痛のためにそれなりに気を使っています。

私の仕事は肉体労働に近く、結構重い物を持つことがあります。

ただし、自分で重量をある程度は加減できる立場にいるので、重量を13キロ以内におさえるようにしています。

13キロと半端なのは、経験上からくる数値です。13キロ以内であれば(あくまで私の場合ですよ)まあ腰にそんなに負担はかからない、ということです。

では、どうしてもそれ以上の重量を持たなければならないときは、どうするのか?

まず15キロまでなら、ごくごく短い距離ならOKとしています。具体的には2メートルまで。それこそ息をつめて、一気に運びます。

それ以上の距離になったら、台車などの道具に乗せて運びます。たとえば4メートル先まで、ほんの目に見える場所までであろうと、いったん物を台車に乗せて運ぶのです。

多少面倒ですが、自分の体をいたわってやらないと、結局痛いめを見るのは自分なのです。

こうして、腰痛と気長につきあって、なんとかやっています。

子育てと介護の両立の最中にぎっくり腰になってしまった

私は13歳年上の主人と結婚したので、お姑さんも50歳も年上でした。

上の娘が1歳の時に、お姑さんが玄関の前で転んで大腿骨を折ってしまい、そのまま寝たきりになってしまいました。

それからは、子育てと介護を同時にやらなければならなくなりました。本当はもう一人子供が欲しかったのですが、無理だと思っていました。

でも何とか無理してもう一人娘ができました。お産で入院中は、主人に家の事や上の娘の事を頼みました。少し渋々だったのが辛かったです。

私の実家の母も、娘だけならいいけど、お姑さんまでは無理だと断りました。

主人のお姉さんは、やはり断りました。そして、私の母の事を、それでも親か、と言いました。

そんなこんなで、何とか無事に子供を産んで、退院しました。

主人は家事を何でもやる人なんですが、さすがにお姑さんのポータブル式のトイレの中の汚物を捨てるのはできなかったので、私が退院してから、捨てた時は、容器の中が溢れそうになっていましたそれからは、3歳の娘と赤ん坊とお姑さんの世話で大変でした。

お姑さんのウンチの後片付けをする時に、仕方なく二人にしたら、上の娘が赤ん坊をベッドから出して、椅子の上に置いてしまって、赤ん坊はがそこからずり落ちて、うつぶせになって泣いていました。

一番辛かった思い出です。

ストレスで太っていた私は、ある日赤ん坊のおむつを代えようと、赤ん坊を持ち上げようとした時に、ギックリ腰をやってしまいました。5分くらい動けなかったです。

その日は雪でした。運悪くそのすぐ後で、お姑さんが、血圧の薬がないから、病院にもらいに行って来てと頼まれました。私は、腰を痛めたから、明日でいい?と聞きました。

お姑さんは、普段は優しい人なんですが、血圧の薬を飲まないのは心配だから、明日でいいとは言ってくれなかったです。

それで、仕方なく上の娘をベビーカーに乗せて、赤ん坊をおぶって、雪の中を電車で病院に行きました。

ベビーカーにはビニールのカバーをかけました。

当時は駅にエレベーターもなかったので、階段を上がる時は、赤ん坊をおぶいひもでおぶり、片手にベビーカー、片手に上の娘を抱っこして上がりました。

そして苦労して薬をもらって帰って来たら、お姑さんが、悪かったね。と言って、1000円くれました。私は、あれだけの労力は1000円ぐらいじゃないと思いましたが、お金がないので、もらいました。

お金に困っていると、悔しくてももらうしかないから、辛いと思いました。

その後ギックリ腰は、若かったから1週間くらいでだいたい治りました。

24歳くらいだったので、あんな事ができたんだと思います。

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